連載対談 色香考  

其の弐 赤

一回目と同じく、何度か言葉をやり取りしながらの文章です。
おそらくこのさきも、また思いつくことがあれば書き加えていく感じです。
文中 H:アッシュ・鷺島広子さん


すどう  白の次は、赤にいきましょうか。

H いいですね。
ちなみに。
赤というと、どんなイメージをお持ちですか?

すどう 港町でしょう、やはり。

 

H ? そのココロは?

すどう 桟橋を見下ろす、さびれたホテルの窓際です。

黙って色褪せてゆく一輪挿しの、哀しい恋の血の薔薇の色です。
・・・って、この会話なにもの? 色彩セラピー?

H じゃなくて(笑)。
赤のイメージって皆さん強烈でしょう?
まさにいまの血の薔薇みたいな。
けれども赤という色は、表に出るよりむしろ、ほかの色の奥に潜んで含みを持たせる色だと思うんです。

すどう 自分自身を秘めながら黙って滲んでくると。

H ええ。そこに赤の凄みがあるんですよ。

すどう 「赤みがさす」といういい方しますね。たとえば大相撲のたち合いを進めるにつれて、力士の白い肌がだんだん上気して桜色になってくるでしょう、あの様子がたまらなくセクシーだというファンも多いですね。
これが他の色だと「黒ずむ」「黄ばむ」「白ける」「茶化す」と、たいていネガティブなのにね。このポジティブなイメージは、赤ならではの命を与える色だからでしょうか。
植物の赤は、たしかに「秘めた色」ですね。草木染めで赤い色を出すには、最初に出てくる別の色を捨てて、そのあとの赤を採ることがよくあります。紅花が典型ですね。最初は黄色が強いから、それは惜しげもなく捨てて、そのあとにようやく紅が出てきます。
人参もコーカサスあたりの野生種はみな黄色だったそうです。突然変異として赤やオレンジのニンジンが出て、それを選抜しながら今の色が主流になったそうです。
そして忘れちゃいけない、メディカルハーブで使うセントジョーンズワート(西洋オトギリソウ)も赤を秘めていますね。咲いているところは菜の花みたいな黄色なのに、花びらをアルコールにたチンクチュアは血の色みたいな赤です。こんな鮮やかな赤がどこに潜んでいたのかと驚きました。おっしゃる通り、赤は奥ゆかしいですね。

H 前回の白の魅力も、白の奥に赤が隠れているからこそですね。
特に花の場合には、白く咲く前に一瞬だけ赤を見せる花もありましたね。人間だって美白とはいっても、皮膚の下に血が流れていればこそ美しいわけで、お亡くなりになったら美白とは言わないですね。


すどう 赤は血の色。言わずもがなですが、やっぱりこれが今回のコアになるかな。
我々農家というか食品業界にとっても赤は特別な色です。

値段の高い食べ物はたいてい赤いですからね。肉、カニ、エビ、桃、イチゴ、トマト、赤ちょうちん。これら赤いのが、青や緑だったらいかがなものかと思います。じっさいに青っぽいジャガイモもありますけど、サラダにしてもあんまり食欲が湧きません。
野菜でも、赤い色のキャベツやカブ、つまりアントシアニンの含まれるものが人気です。血の色につながって興奮するのでしょうね。

 

H 赤は交感神経を刺激する色ですから、人間だけでなく動物や鳥の注意を引く色ですね。その話はあとでしましょう。

セントジョーンズワート(西洋オトギリソウ)
小さな黄色い花をアルコールに漬け込むと
血のように鮮やかな赤が出てきます。

紅花染めは、この色がすぐには出てきません。
初めに出てくる黄色を迷わず捨てる。
その後でやっと赤が出てきます。

人参も野生種は黄色がほとんどだったそうです。

血のにおい・鉄のにおい

H  血の話に、いきましょうか。
血液の赤は赤血球の中心にあるヘモグロビン、つまり鉄の色です。
鉄は地球の奥底、中心部の大多数を占める元素だそうですね。何千度という超高温の地球の核のメインが鉄だすると、ものすごく根源的な元素ですよ。

すどう 文字通りの深い話だなあ
「春は鉄までが匂った」という小関智弘さんのノンフィクションがあります。僕の育ったのが東京の下町で鉄工場もたくさんあったから、鉄が匂うという表現はすごく身近です。鉄の鍛冶仕事でお世話になっているフェノミナ・ラボの堀井さんも「血のにおいこそ鉄のにおいです」とおっしゃいました。無味無臭なイメージの鉄も、真っ赤に熱くしたり研いだりするときに匂うのですね。鉄もナマモノだ。


H 血の匂いは鉄の匂い。それは私も思います。

 

すどう 「赤は大地に一番近い色なのだ」ともおっしゃってましたね。あれはつまり、どういう意味でしょうか?

H それはチャクラの話でした。チャクラは背骨に沿って七つ存在しますけれど、それぞれのチャクラに違う色が対応していて、上から下に向かって波長の長い色になっていきます。虹の七色・可視光線のスペクトルでは「赤橙黄緑青藍紫(せき・とう・おう・りょく・せい・らん・し)」と色が並びますね。人間の一番下に位置する「基底のチャクラ」が赤です。つまり波長が長い。チャクラで見る限り、赤はまさに地面とつながる基底の色と言えます

 

すどう 物理学と東洋医学が整合するんですね。

 

 

南の花はなぜ赤い

 

H ハイビスカスなど、南国の花が赤いのは強い紫外線から身を守るためアントシアニン色素を多く作るからと言われています。同じように、日本でも木の新芽が赤く染まる姿が期間限定で見られます。アカメモチなどはその代表格ですね。

すどう モミジの葉も出始めの初夏は赤い。強い紫外線から柔らかい葉を守るための色なのですね。

H はい。4月末の代々木公園では、クスノキの新芽も赤くてとてもキレイでした。
まさに動物と同じで生まれたばかりは赤ちゃんです。
ハイビスカスやマロウなどの赤、先に触れたアカメガシワなどの若い芽の赤もアントシアニンによるものですから、やはり強い紫外線に対して身を守る色です
南国でない地域で目にする植物の赤というと冬の赤い実が印象的です。
これは鳥をターゲットにしているからですね。

すどう 赤い花があまり匂うものは少ないように思えますけれど、例えば薔薇でもそうですか。

H 薔薇のなかで香りが強いのは真紅の品種よりも、原種に近いピンク系のものですね。日本の薔薇であるハマナスも同様です。

すどう これも今回、改めて感じたことでした。赤というと濃厚な匂いが立ってきそうな気がしたものですが。


H 鳥は匂いよりも、赤という色に惹かれてくるので、植物はその実を赤くして食べられるのを待っています。赤い色に人間は食欲を覚えるのと通じるかもしれません。

すどう 白い花や黄色の花は、虫を惹き付けるための意味もあって香りを放ちますが、鳥を相手の場合には香りよりむしろ色で勝負ということなのでしょうね。ちなみに、色素のアントシアニンは人間も守ってくれますね。肌だけでなくて目にもいいし。

H 私も実感あります。酷暑のアンダルシアに旅しときはブルーベリーとアサイーのどろっとしたジュースで疲れが一気に回復しました。イタリアで同経験をしたときも、1本1000円近かった赤紫色のジュースを迷わず買って一気飲み回復しました。私にとっては、強い太陽に体力が奪われた時のカンフルです。

すどう 真夏のカンフルというと、日本なら赤しそのジュースであり、梅干しですね。梅は太陽に干すことで抗酸化物質をつくるそうですが、色そのものは赤シソと合わせて初めて赤くなりますね。赤しそがないと、黄色というか山吹色にとどまります。次回は黄色を探ってみましょうか。

以上