· 

自生えトマトの発芽

こんにちは。

 

神奈川・相模原(相模湖)で自然栽培の野菜やハーブを育てながら農的暮らしの講座を開催している「すどう農園」です。

昨年のトマトの畑から、こぼれたトマトが芽を出しました。トマトの様子については昨年のブログ「自然栽培のトマトの根の観察」をご覧ください。この生命力のあるトマトは「自生えトマト」と俗に言われるものです。以前のブログ「自生えトマト」や、そのあとのブログ「自然栽培のトマトは冬でも腐らない」も参照ください。これを何年も繰り返すことで、この土地の気候風土に選抜された個体になっていきます。固定種というのは、買ってくればそれで良いというものではなくて、あくまでもそれぞれの場所で淘汰、選抜されて生き残った個体が年月をかけて、その土地に根付いた固定種になるわけです。ですから、もとは同じところから来た種であっても、種取りをする場所が違えば、だんだんと別の固定種になります。もちろん味も違います。長年のうちには別々の品種のようになることもある。それが「分化」です。淘汰・適応・分化という道のりを繰り返してゼ回各地に、風土に根差した在来種・固定種ができました。英語ではこれをheirroom(エアルーム)と言います。代々受け継がれてきた種、という意味です。まさにレガシーのような存在ですね。皆さんもぜひ「私の野菜」を育ててみてください。一種類でもいいのです。プランターでもいいのです。

 

コロナウィルスで大きく世間は変わります。たとえ病気そのものが終焉したとしても、どれほど現在の食糧事情が薄い氷の上に載っているものか、いくら何でも気づき始めたわけです。最後に大事になるのは水であり土であり、種であり、食べるものです。新自由主義が標榜した「喰うか食われるか」の「グローバルな(???)」ルールの神話は馬脚を現したと言えるでしょう。
 

これからは「食うか食わせるか」の時代です。自給できる人だけが自給する、というのではそれもまた土地や技術を持った、一種の強者の論理ですから、そうではなくて、誰かが誰かを食わせていく、お互いさまのやり取りが大事になってきます。たぶんこれは簡単なことではないはず。この数十年で日本ではお互いさまの基礎関係がかなり薄れてきていますから。まずはお互いが弱いことを前提に、だんだんと関係を作りあっていくことかなと思うのです。米や野菜を作れるオーガニックの農家とのつながり、そしてできるだけ自分が作ることでその大変さを知ることが基本形になる時代。それはしばらく先のことかと思っていましたが、なんだか、あっという間に来る感じですね。