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kin folk というつながり方

岩手・遠野の「クイーンズメドウカントリーハウス」を訪れました。
「さとやま農学校」にご参加の方のご招待によるものでしたが、
ここについてはまた、じっくりまとめてご紹介したいと思っています。

帰り際にお茶をしながら出てきた kin folk という言葉

直訳すれば「親族」というような意味になるのでしょうが、
いわゆる家族や親戚のような血縁というよりむしろ、
社会的な出会いの中でつながってきた関係、というように解釈しました。

家族すなわち「家の族」というつながりが、世代を重ねるごとに絶対的なものではなくなりつつある流れの中でも、やはり人間は全く一人で生きていけるものではない。
そこで個人と個人の間を何が埋めるのか、それが充実してこそ世間・社会・娑婆が成り立つわけでしょう。信仰や地域共同体がエーテルのようにあまねく状態ではない、現代の隙間を満たすもの、それが薄くて足りないままだと人は危ない。

誰とどんなふうにつながっていくか、という感覚については30代の人たちと話していると、非常に鋭敏にかぎ取っていることに驚きます。生まれたときからすでに、会社も家族も絶対的なものではないなかで、おのずと研ぎ澄まされたセンスなのかもしれません。
 

そこへ行くと、我々のような50代かそれ以上は、やはりどこかそこが甘い。脆いな、と顧みることが多いのです。