大きな家のツタを取る

フロラ・ノン・グラータ~好ましからざる植物

 

昨年の猛暑と長雨でキヅタがすごい。

もう20年以上お借りしている家の外壁はビアズリーのようだったけれど、いまやそんな風情を越えた。3階まで覆ってなお空にそよぐ光景に慌てて株元を11月に伐ったのに、まるで枯れない。喉元を掻っ切られてなお二か月の無表情。

たとえばマムシ酒を造る時には生け捕って一か月ほど何も食わせずに腹の中を空にすると言いますね、それでも生きているらしい。そんな仮死状態の蛇精さながらのツタの沈黙。フロラ・ペルシステント(執念深い植物)。

毛深い蔓には年輪も節もない。節操も謙虚もない。伐れば伐るほど繁茂、再生を繰り返す多頭の蛇は、無数の吸盤で壁に吸い付いて根を伸ばし、外壁のタイルも剥がしにかかっています。

「この高さだと高所作業車で3人がかりの除去作業です。1日で25万円くらい見てください」と専門業者の見積もりに驚愕。インポシビーレ! ムリだ。

そんなわけで鈴木俊太郎さんに打診したらご快諾。二年前のヒメシャラの伐採、昨年のカツラの伐採そして今回のキヅタと、我が家のかかりつけの専門家。本当にありがたい。

 

まずは10mのハシゴひとつで9合目まで攻略。でも最後の最後が届かない。急勾配のコロニアルの屋根はとても危険。お昼を挟んで頂上作戦は3階のロフトの窓から屋根に出る作戦にしました。

じつはこの部屋には20年ほど入っていない。記憶の中ではたしか、つくりつけの本棚に大家さんが医学生だった頃の教科書や骸骨の人体模型。ベッドから窓の外に流星群や人工衛星が見える。そんな場所だった。

 

けれどもしかし、人類というのは400万年間にアフリカの森から出てきた時点で上下方向の空間把握が苦手になったわけです。こんな小部屋に籠ってしまったら、それこそ家族が音信不通の離れ離れになるでしょう。だから我が家は誰も行かない。

 

今日はらずも久しぶりの訪問になったけれど、ひょっとして知らない誰かが棲んでいるかもしれないね。窓に向かう机に佇む後ろ姿の長い髪に、今日の青空みたいなブルーのワンピースだろうか。それだったら玄関の林檎の赤が似合ったかも。差し入れに持って来ればよかったかな。

息を潜めてドアを開けると、髪はカールしていて短かくて、ドレスはチェックの、見覚えのない人形がこちらを向いているきりだった。命綱を本棚につないで俊太郎さんは窓から屋根に。てきぱきとツタを取って遂に陥落、落城。

膨大なツタをぷっつり切った家は、当たり前ですが明るくなりました。

初夏になって水遊びが気持ち良い季節になったら、今度は高圧洗浄機で屋根の掃除を、とお願いしました。こんな風に色々とできる人が、これから地域で不可欠の存在になります。若い皆さん、どうか手を動かせるようになってください。仕事はいくらでもあるよ。あなた方が必要です。